年間第26主日(マルコ9:38-43,45,47-48)

「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」弟子のヨハネの言葉で思い出したことがあるので、今週はこの部分を取り上げてみたいと思います。

夏休みにミサとラジオ体操に来た子供たち、賞品をあげると言っていたのはもう忘れていると思います。司祭団のソフトボール大会に五島の福江に行って、そこでホームランを含む5打数4安打の活躍をして、それから実家の鯛ノ浦に行くために上五島に移動し、そこで、上五島にしか売っていない、お目当ての賞品を買おうと思っていたのです。

ところがソフトボールに行く前日、広島カープの優勝間違いなしと思って野球観戦に行ったマツダスタジアムからの帰りにお葬式が入って、実家で一泊したあと賞品を買う予定だったのがすぐに帰らなければならなくなって、まだ買い物できていないのです。これから、実家にいる家族と連絡を取りながら必ず賞品を準備するので、もう少し待ってください。

さて私が取り上げた箇所についてですが、かつてフィリピンであずかったミサと、韓国明洞教会であずかったミサ、どちらとも同じ光景を目にしました。それは、聖体拝領のときのことです。私たちが見る聖体拝領の光景は、司祭が聖体を授けている姿、まあせいぜい大司教様と司祭たちが聖体を授ける姿を想像すると思います。ところがフィリピンと明洞大聖堂で見た光景は違っていたのです。

フィリピンで参加したミサは、今から20年も前のことですが、屋根だけ取り付けられた聖堂で、野外ミサのような場所でした。2000人はいたかもしれません。そこで聖体拝領が始まる時に、何人かの信徒がうやうやしく祭壇に近づいてきて、聖体の入ったチボリウムという容器を受け取り、所定の場所に移動していきました。「聖体奉仕者」という任務を受けた人が、聖体を授けるお手伝いをしていたわけです。

明洞では、平日の朝ミサに参加しました。そこで目にしたのはもう一歩踏み込んだ光景でした。その日ミサをささげていた司祭の隣で、シスターが、聖体を授けていたのです。教会法典によると、聖体奉仕者と、修道院の院長シスターは、聖体を授けることができるとされています。ただ私の理解では、修道院の院長が授けるのは修道院内のシスターに授ける権限があると思っていました。ですから平日のミサで、一般信徒にシスターが聖体を授けている姿は、私にとってはちょっとした驚きでした。

男性の信徒で、必要な教育を受け、聖体奉仕者に任命された人が聖体を授けるのは、私の頭の中で受け入れることができましたが、正直、シスターが平日のミサで聖体拝領の手伝いをしているのはすんなり受け入れることができませんでした。弟子のヨハネのように「やめさせようとしました」そこまでは思いませんでしたが、これってオッケーなのかなぁというのは正直思ったのでした。

エスが弟子のヨハネに示した答えは、今日私にも示されていると思います。「やめさせてはならない。」(9・39)「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」(9・40)

残念ながら、私たち人間の心はイエスの広い心からすればあまりに狭すぎます。初めて見る光景を、自分たちが見たことのある光景から外れているというだけで「これはいけないことだ」と思ってしまいます。神の栄光のために使えるものは惜しみなく使うべきなのに、私たちの頑なな心が邪魔をするのです。道具にしても、人にしても、神の栄光のために使えるものに制限をかけるよりは、上手に活用すべきなのだと、今回あらためて思いました。

さて田平教会では、10月の典礼に、奉仕者がサンダルを履いて典礼奉仕してもらいたいと思っています。目的は、12月2日の平戸ザビエル祭で、私たちが典礼奉仕に用いたサンダルを奉納するためです。フランシスコ・ザビエルは質素な生活をしながら宣教活動に邁進しました。サンダルを履きつぶすほど歩いて宣教しました。私たちも、ザビエルのようにサンダルを履いて、履きつぶすまではいきませんが、宣教と奉仕活動に使われたサンダルを神様にささげたいと思っています。

ひょっとしたら、私たちの行動を違う教会から来た人は奇異に思うかもしれません。聖堂内でサンダル履きとは何事かと思うかもしれない。ですが私たちは信念を持って取り組みます。この世のものを、神への奉仕のために用い、おささげするのだと。10月の聖母行列、ミサの先唱、聖書朗読、献金集め、奉納など、できるだけたくさんの人が典礼委員会で用意したサンダルを履いてミサに参加してください。

「やめさせようとしました。」「やめさせてはならない。」本当は神の栄光のために使えるものでも、私たちの凝り固まった考えでは「とんでもない」と思えるかもしれません。一歩でも二歩でもイエスの思いに近づくために、私たちが自分にかけている制約を取り払いましょう。もっとたくさんの人や物に、神の栄光のためになる場を与えてあげましょう。そうすることで私たちは、イエスの良い弟子であり続けることができます。

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ちょっとひとやすみ
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▼説教では書かなかったが、道具の違いに違和感を持った経験をここで紹介したい。かつてカリスと言えば金属製が定番だった。それは「ぶどう酒が染み込む素材は厳禁」だったからだ。だからある後輩が陶器のカリスを準備して叙階式に臨んだときは正直ショックを覚えた。
▼ほかにも、漆塗りの漆器のカリスやチボリウムを自慢気に用いている後輩を見て、「どうかしてる」と心の中で思ったのだった。だがこうしたことも、道具が神の栄光のためにどんどん用いられていく過程で、見直されてよいのかもしれない。今はそう思う。
▼もちろん、教会が求める道具の条件はクリアしなければならない。今でも「ぶどう酒が染み込む素材」はカリスには使用できない。だがそれを十分に満たしていれば、日本の文化の中で育ったものを用いてミサをささげることはむしろすばらしいわけだ。
▼実は明洞大聖堂でのミサでもう一つ違う道具を見たが、その道具にショックを覚えたのはそれより1年前、しかもカトリック神学院の東京キャンパスでだった。その道具とは「鈴」(典礼用語「カンパヌラ」)である。
▼以前、カトリック神学院東京キャンパスの院長に招かれて学生に講話をしたことがあった。その際、学生たちとミサをささげたのだが、そこで用いられていた「鈴」の代わりの道具が、お寺にある火鉢のような鐘(名前を知らない)だったのだ。
▼「カーン」長く響く鐘の音。確かに静けさを保つには違いないが、初めて見た私には「鈴」以外のものが聖変化の場面に用いられるのは違和感しかなかった。そしてそれが採用されているのがどこかの一つの小教区なのではなく、「典礼を学び、その典礼をそれぞれの場所に運んでいく」言わば苗床である神学院だったのだから、不安にさえ思った。
▼しかし同じ道具をソウル大司教区の言わば典礼のお手本を示す明洞大聖堂で使用している場面に出くわすと、「やめさせようとしました」と「やめさせてはならない」の両方の気持ちが同時に湧いてきた。もちろんこの場合、私の見てきたことや経験が狭いに過ぎない。

† 神に感謝 †