2003-01-01から1年間の記事一覧

聖家族(ルカ2:41-52)

年内の日曜日は、今週で最後となりました。一年を通して日曜の礼拝に参加しながら、皆さんの生活には何か変化が現れたでしょうか。あるいは、日曜日に礼拝をささげるこの生活のリズムは、あまり変化をもたらすこともなかったでしょうか。もし、日曜の礼拝が…

主の降誕(早朝)(ルカ2:15-20)

皆さんあらためて、クリスマスおめでとうございます。今日の福音では、めずらしくイエス様が物語の中心にならずに、羊飼いが中心になっています。「さあ、ベツレヘムへ行こう」と語り合う羊飼いたちの心には、ただ見たいとか、めずらしいものに飛びつくとい…

主の降誕(夜半)(ルカ2:1-14)

みなさんクリスマスおめでとうございます。今年は、太田尾教会・間瀬教会ともに洗礼の恵みにあずかる方がいらっしゃいますので、私たちにとって二重の喜びです。洗礼を受けるために、毎週の勉強会に続けて参加してくださいました。まだとまどうこともいろい…

待降節第4主日(ルカ1:39-45)

今日、日曜日の福音朗読は「挨拶(あいさつ)」が物語全体を説き明かす鍵かな、と思っています。イエス様の誕生を間近に控えた今日の待降節第四主日に、挨拶が運ぶ深い喜びについてしばらく考えることにいたしましょう。挨拶は、私たちが普段の生活でいちば…

待降節第3主日(ルカ3:10-18)

同じ言葉を発していても、人それぞれ思っているところは違うのかも知れませんが、今日の福音朗読で三度同じ言い回しで洗礼者ヨハネに尋ねています。「わたしたちはどうすればよいのですか」。クリスマスの準備を急ぐためにも、今日はこの言葉からヒントを得…

待降節第2主日(ルカ3:1-6)

カトリック教会は12月の第1日曜日を「宣教地司祭育成の日」として、日本を含め世界各地の教会に力を注ぐことになっています。今日の福音朗読を、あえてこの「宣教地司祭育成」ということに結びつけて考えてみたいと思います。経済大国の日本が今になっても…

待降節第1主日(ルカ21:25-28,34-36)

(手話表現に合わせて作成したため、短めです) 今日、こちら三浦町教会で手話のミサをささげることができました。感謝します。さて皆さんの中には、今日誕生日を迎えられた方がいらっしゃるかもしれません。おめでとうございます。また、今日が何かの記念日…

王であるキリスト(ヨハネ18:33b-37)

「真理に属する人ば皆、わたしの声を聞く」(Jn18:37)。イエス様はピラトの問いに答えてこう言われました。今日は教会の暦で、一年の最後の日曜日ですから、年の総決算をしたいと思います。その手助けとして、ピラトに向けられたこの言葉を、私たち…

年間第33主日(マルコ13:24-32)

福岡の神学院に在籍していた時代に、生徒に配ったプリントの隅から隅まで、それこそ重箱の隅をつつくようなことまで授業中に説明する教授がおられました。私も下級生の頃は、それこそ必死にノートを取って、どんなに眠くても居眠りせずに授業にあずかってい…

ラテラン教会の献堂(ヨハネ2:13-22)

火曜日から水曜日にかけて、太田尾の婦人会の主催で天草に巡礼に出かけました。四百年このかた、その土地を離れることなく信仰を受け継いできたというお話を当地の本渡教会主任司祭・川添猛神父様から聞いたときに、私は何か身の引き締まる思いがしました。…

死者の日(ヨハネ6:37-40)

(「死者の日」にあたって、カトリック新聞連載記事を引用させていただきました。適宜、ハサミを入れさせていただきました)【カトリックの典礼について、福岡サン・スルピス大神学院の白浜満神父(典礼学)にやさしく解説してもらうシリーズの47回目。カ…

諸聖人の祝日(マタイ5:1-12a)

(今回、1998年の説教案をほぼそのまま掲載しました)今日私たちは、諸聖人をお祝いしています。あの聖人この聖人と、特定の成人をお祝いするのではなくて、もろもろの聖人方をお祝いするという日です。少し考えてみたのですが、教会では、何月何日と特定の…

年間第30主日(マルコ10:46-52)

(今週は、月に一度の手話ミサのことを考えながら、原稿を作りました) 人間は生きているあいだに、いくつか手に入れて、いくつかを失います。すべてを持っている人はいません。すべてを持っているのは神様だけだと思います。たとえば私は、説教を考えたり話…

年間第29主日(マルコ10:35-45)

先に、長崎教区の新しい教区長として、ヨゼフ高見三明司教様が大司教に任命されたことをご報告いたします。朝日新聞などにはすでに報じられていたそうですが、宣教する長崎大司教区の新たな舵取りとして、存分に腕を振るっていただきたいものだと思います。…

年間第28主日(マルコ10:17-27)

日曜日は町民体育祭です。私も選手で走れるくらいの準備ができていたら良かったのですが、十分な準備ができず、申し訳なく思っています。それ以上に、地域の中学生・高校生に立派な選手が見つかったに違いないと思っています。運動会の華(はな)は、やはり…

年間第27主日(マルコ10:2-12)

今週朗読された福音は、夫と妻の絆を考えさせます。ただし、ここで登場するファリサイ派の人々は結婚問題だけ興味を持っている人々ではなくて、宗教上のあらゆる問題について、当時定められていた掟にかなうかどうかがいちばん問題だと考える種類の人々でし…

年間第26主日(マルコ9:38-43,47-48)

北海道でのものすごい地震の報道を見るたびに、泣いている多くの人に神様の慰めと励ましがはっきり感じられますようにとお祈りいたします。台風被害も受けた今年でしたから、早く立ち直ることができるようにこれからも見守りたいと思いました。さて昨日夕方…

年間第25主日(マルコ9:30-31)

今日の福音でイエス様は、「途中で何を議論していたのか」と弟子たちに尋ねます。イエス様は途中で起こっている出来事に目を向けました。途中と言いましたが、それはカファルナウムに行く途中のことでもあるし、イエス様の頭には「道なかば」という意味での…

十字架称賛(ヨハネ3:13-17)

今年は夏真っ盛りの時はあまり厳しい暑さを感じませんでしたが、夏の終わりになって厳しい残暑を迎えております。暑さも限度を超えると頭はぼおっとしてくるもので、この夏少なくとも1回はぜんぜん関係ない場面でパンと葡萄酒を高くかかげてみたり、主の祈…

年間第23主日(マルコ7:31-37)

私は思っていることが顔に出るタイプのようで、あまり隠し事ができない部類の人間のようです。九月に入ってから意を決して若人の森に走りに行っているのですが、まだ十分走り込んでいないこともありまして、行き帰りはバイクに乗っております。いざ走ってみ…

年間第22主日(マルコ7:1-8,14-15,21-23)

私が土曜日の昼に欠かさず見ている番組があります。NHKの「バラエティー生活笑百科」という法律相談の番組です。「四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ」は、テレビを見た人なら絶対に忘れないセリフですね。別にテレビの受け売りをするつもりではありませ…

年間第21主日(ヨハネ6:60-69)

「このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れていきたいか」と言われた。シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言…

年間第20主日(ヨハネ6:51-58)

先週末に起こったアメリカ北東部での大規模な停電をニュースでご覧になった方も多いと思います。ニューヨークでの出来事でしたので、一昨年9月11日の事件が頭をよぎりました。大変だなあと思う一方で、私は「光」の大切さについて考えさせられたのでした。…

聖母の被昇天(ルカ1:39-56)

聖母被昇天の祝日を迎えました。日本の事情を考慮して、「守るべき大祝日」からは外されておりますが、今でも大きな祝日、数あるマリア様の祝日の中でも特別な位置を占めていると思います。今日、聖マリアに心を向けるにあたって、ぜひ思い出していただきた…

年間第19主日(ヨハネ6:41-51)

今日の福音は「命のパン」ということが鍵になっています。ただ、「命のパンを食べましょう」というだけではありませんで、「生きる」とか「死んでしまった」ということにも触れて「パンを食べる」ことに目を向けていますから、かなり真剣な話と考えておく必…

年間第18主日(ヨハネ6:24-35)

皆さんはふだんの会話で、話している相手と話していることがかみ合わなくて困ったということはないでしょうか。私は予想しない場所でそういう様子を目にしました。ついこの前、5・6年生を連れて佐世保地区のキャンプに出かけたのですが、あることでずいぶ…

年間第17主日(ヨハネ6:1-15)

今日は最初に忘れ物のお知らせをしたいと思います。私の手にあるこの人形、この派手な色の人形が司祭館に3個ありました。どうも、私の部屋に飾るような人形ではありませんので、きっと小学生・中学生の誰かが忘れて行ったのだと思います。心当たりのある人…

年間第16主日(マルコ6:30-34)

今日朗読された福音は先週のお話とセットです。先週は、弟子たちを宣教に送り出す話、今週はその弟子たちが戻ってきて結果報告をする話になっています。報告を聞いて、イエス様が細かいことを言った様子はありませんので、おおむね、弟子たちは成功したのだ…

年間第15主日(マルコ6:7-13)

長崎県内にすむ私たちは、今週明らかになった事件に、大きな衝撃を受けていると思います。被害者のご家族に、心から哀悼の意を表したいと思います。教会学校の中学生と話し合いの時間を持ってみましたが、なぜ?どうしてなの?という驚きの声がほとんどでし…

年間第14主日(マルコ6:1-6)

今日の福音書の呼びかけは「信仰者の感性(勘)を身につける」とまとめたらよいかなあと考えています。会堂で教えるイエス様を見てつまづいた故郷の人々と、人々の不信仰に驚かれたイエス様を重ね合わせるとき、人々には「信仰者の感性(勘)」が身について…