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こうじ神父
「今週の説教」
2026/10/04(No.1436)
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年間第27主日(マタイ21:33-43)
ぶどう園の豊かさを神からのものと認め、喜んで分け合おう
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最近の車は、小型カメラを取り付けることで、記録が残るようになりました。それ以前は、記録がないことを理由に、事故の責任逃れをすることもありました。記録が残されていない場面で、相手の言い逃れを防ぐためには、どのような方法があるでしょうか。それは、相手に真実を言わせることです。
ぶどう園の主人はぶどうの収穫に必要なすべてを整えて農夫に貸して旅に出ました。その後収穫が近づいたので僕(しもべ)たちを農夫に送りますが僕たちは応じてくれません。応じてくれないだけでなく、僕たちをひどい目に遭わせました。そこで最後に、自分の息子を収穫の受取に送りましたが、これまで以上のひどい目に遭わせ、ぶどう園の外にほうり出して殺しました。あらゆる努力を試みて収穫を受け取ろうとしたのですが、農夫たちは決して応じてくれませんでした。
そこで、皆さんと確認したように、言い逃れを防ぎ、責任を明らかにするため、相手である祭司長や民の長老たち、つまり当時の宗教指導者たちに真実を言わせるために問いかけるのです。「さて、ぶどう園の主人が帰ってきたら、この農夫たちをどうするだろうか。」(21・40)彼らは本当に言い逃れができなかったので、真実を述べます。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸すに違いない。」(21・41)
私はこの宗教指導者たちの答え方の中に、ルカ福音書の10章「善いサマリア人」の物語を思い出しました。律法の専門家がイエスに答えるとき、「その人を助けた人です。」(同37)と言います。これは、口にすることさえ嫌いな「サマリア人です」という言葉を避けたのだと思われます。
今週登場する宗教指導者たちも、「その悪人どもをひどい目に遭わせて・・・」と言うのですが、実は自分たち宗教指導者たちに当てつけられているので、口に出して言えずに、「その悪人ども」と言ったものと思われます。真実は述べますが、農夫として送り込まれた預言者をことごとく排斥し、父なる神の御子であるイエスさえエルサレム城外で殺し、神の求めに応じなかったのです。
「だから言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。」先に送られた預言者たち、最後に送られた御子イエス・キリスト。人間は神から託されたものを、つい自分のものだと思いこんで使わされた者たちを排斥してしまいます。しかし、神はそのような人間をも見捨てず、皆で豊かにするきっかけとしてくださいます。事実救いの計画は今後全民族に、全世界に広げられました。また弱さを持った人間を見捨てずに、「隅の親石」であるイエスに連ならせることさえ計画してくださいました。
宗教指導者たちがイエスを捨てたことは、「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。」(21・42)ここでも明からです。これは詩編118の112節からの引用と思われますが、そこに繋がる体験を中田神父は経て、主任司祭として、地区長として、大切な役割を頂いております。その体験は、中学1年生のときでした。
私は中学1年生で司祭養成の最初の場である「小神学校」に入学しました。一学期を終え、夏休みに帰省して最初の日曜日のミサに行ったとき、正面玄関から入ろうとしたら入口で地元の若手のお父さんたちがこんな会話をしていました。「輝(てる)あんち(私の父の愛称)の息子が神学校に行ったらしいな」「そうみたいだな」「うそだろう?輝あんちの息子だぞ。神父様になれるはずがなかろう。あの輝あんちの息子だぞ?」
私が目の前を通過しているのも知らず、お父さんたちは盛り上がっていました。私は恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にして聖堂に入ったのです。そして固く誓いました。「見てろよ。必ず司祭になって、見返してやる。」今は見返す気持ちは消えて、当時のことを感謝しています。教会を成り立たせるお父さんたちに捨てられた息子が、隅の親石イエスの働きに連なったのですから。
当時のお父さんたち、今はどうしているのでしょうか。神様は憐れみ深いので、神の国を彼らからとり上げたりはしないと思いますが、私が司祭になった当時は、あまりの不思議さに腰を抜かしたことと思います。
ぶどう園は、本当に豊かな場所です。この豊かな場所を僅かな人で占拠したり、収穫を分け合うことを拒んだりした過去はないでしょうか。私たちの利己心が、神のぶどう園である教会の豊かさを意味のないものにしてしまいます。
教会に集まるたびに、「私たちは、教会を自分たちだけのものにしていないだろうか」「新しく教会に来た人を、喜んで迎えているだろうか」「神様から与えられた賜物を、他の人々のために活かしているだろうか」。こうした問いを繰り返しながら、神様から託されたぶどう園を、皆で豊かにしていきましょう。
まだまだ、教会は豊かになる余地が残されています。あとは、神が準備して与えてくださった収穫を、本当に神様からのものと認めることができるか、そしてどれだけ喜んで分け合えるかにかかっています。
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‥次の説教は‥‥
年間第28主日(マタイ22:1-14)
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ちょっとひとやすみ
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▼司祭ソフトボールは前評判ではいつも長崎チームが強いことになっている。何せ三地区の選りすぐりがやって来るわけだから、強くて当然だろう。
▼しかし勝負はいつも時の運。去年の五島チームの優勝、その前の佐世保・平戸地区の優勝。蓋を開けてみなければ分からない。今年は何と、ホスト地区である五島のチームが二連覇してしまった。
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今週の1枚
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第1042回目。写真を元に、イラスト風に加工。プライバシーもこれで守れる。
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† 神に感謝 †