主の公現(マタイ2:1-12)

過越の神秘の祭儀に次いで教会がおこなってきた最古の祭儀は、主の降誕の記念と、主の初期の公現の追憶です。日本では主の公現の祭日は1月2日から8日の間の主日に祝われます。ついでですが、主の洗礼の祝日は主の公現の祭日直後の主日に祝われますが、主の公現の祭日が1月7日か8日の場合はその翌日の月曜日に祝われます。今年はこの条件に当てはまっています。

さて、占星術の学者たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(2・2)と言ってヘロデにあいさつに来ました。ヘロデがどのようにしてユダヤを支配しいていたかを考えると、ひそかに幼子を訪ねてひそかに帰るほうがよいと考えたかもしれません。ですが事実はそうはならず、さまざまな危険を引き寄せた格好です。

占星術の学者たちの言葉はわたしが辿ってきたカトリック司祭としての歩みをもう一度振り返る機会を与えてくれました。一つの印象深い体験を話させてください。伝統的な司祭養成をしている長崎では、中学生から神学生の道を歩み始めます。わたしもその道を歩み始め、およそ1年が過ぎた2月5日、西坂という場所で日本26聖人の殉教記念ミサに参加しました。2月の寒空での野外ミサでした。それほど広くない公園に、2千人がひしめき合ってミサに参加していました。

ミサの説教が始まりました。少年だったわたしは、何という名前の司祭だったのか全く知りませんでしたが、冒頭次のように呼び掛けたのです。「あなたがたは何を見に、ここへ来たのか。しなやかな服を着た人か。殉教者か。そうです。みなさんは殉教者に会うために来たのです。」実はここしか覚えていないのですが、当時は「立派な説教をする司祭がいるなぁ」と思って、そんな司祭になりたいとずっと思い描いていたのです。長い道のりがあって、わたしは司祭になりました。

司祭になって最初の赴任地は浦上教会でした。6千人以上の信徒を抱える教会でした。クリスマスのある夜、主任司祭と、助任司祭が集まって遅くまで祝っていまして、それぞれ何かとっておきの召命の話をしなさいということになりました。わたしは助任司祭の末っ子でしたので、最後に順番が回って来て、「西坂でのミサで、とても印象深い説教を聞き、まだ見ぬその司祭を追いかけてわたしは司祭になりました」と話したのです。

すると黙って聞いていた主任司祭が声を上げました。「その説教をしたのはわしだ。よくぞ司祭になってくれた。」わたしは胸が熱くなりました。姿も知らず追いかけてきた司祭が、わたしにとって最初の主任司祭だった。本当に不思議な巡り合わせ、神の不思議な計らいに、心を打たれたのでした。

だれでも、主を信じ、主に従っていく決定的な契機となる出来事があると思います。占星術の学者たちにとっての「東方で見た星」です。わたしにとって、それは中学1年生の26聖人殉教記念ミサで聞いた説教、その説教をした司祭でした。その時からおよそ13年、ときにはその星の導きを見失いながらも、司祭召命の道を一歩ずつ進めてきたのでした。そしていよいよ司祭になってみて、任命を受けた教会に赴任してみると、「東方で見た星」がそこでわたしを待っていてくれたのです。

信仰者はみな「東方で見た星」の導きを信じて旅をしているのだと思います。まだ見ぬ救い主を、いつかどこかできっと会えると信じて、旅をしているわけです。しかし星の存在を口にしたとき、さまざまな摩擦を生じるかもしれません。「あの人はクリスチャンなんだって。」何か偏見の目で見られることになるかもしれない。それでも、わたしたちはその星が指し示すお方に信頼して人生を歩いていきます。

そして、長い旅を続けていく中で、ある時「あなたが膝をかがめるべきお方はこのお方だ。さあ礼拝しなさい」そういう体験をするのではないでしょうか。もう思い残すことはない。そんな喜びを手にすれば、「黄金、乳香、没薬」とも言えるわたしの人生のすべてをイエスにささげて、希望を持って旅をする、あるいは宣教の旅に出ることも可能なわけです。

ただ、救い主を信じてから始まる人生は、多くの人の人生と比べると「別の道を通って自分たちの国へ帰って行く」旅になることでしょう。「イエスを信じて何になるのか。イエスをすべての判断の物差しにしてこの人生の荒波が乗り越えられようか。」そうした声にも怯まず、きっぱりと「わたしはヘロデを通って行かない。わたしは歩むべき道を授かったので、もはやこの道以外にない。」そう言える人生でありたいと思います。

わたしにとっての「東方で見た星」は、数年前に引退され、一線から退いておられますが、今でもその先輩司祭はわたしの心の中にいて、「救い主を告げ知らせよ」と励ましてくださっています。いつかわたしも、誰かにとっての「東方で見た星」になり、その人が唯一の道・真理・命であるイエス・キリストをまっすぐに歩く姿を見たいものだと思っています。

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ちょっとひとやすみ
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▼予定では今イスラエルにいて、山上の説教の教会でミサをささげ、説教をしていることになっている。あくまで予定だが。この日の説教は1時間くらいで一気に出来上がった。ピント外れだと思われるならそれはお詫びする。しかしすぐに思い付いた。
▼思い付きで説教をしているとのご指摘もあるだろうが、わたしはある程度「説教は降ってくる」と思っている人間なので、「この切り口で福音を紐解いてみたい」というアイディアが降ってくれば、今回のように1時間で準備できることもあるし、何日かかっても進まないこともある。
イスラエルにいるということは、イスラエルに行く前に準備をして出かけたということだ。何を持って行ったか?その中のいくつかは紹介したい。衣類は当然として、まず日本の味「梅干し」を持って行くことにした。きっと当地の食べ物もおいしいとは思うが、やはり日本人は日本の味を恋しがる。
▼それから「正露丸」も持参する。これも「日本代表」みたいな薬だ。あとは適当な風邪薬。身支度をするためのシェーバーとか歯磨き歯ブラシ、衣類とミサセットと祈りのために聖書とか時課の典礼(聖務日課)など。それから書物。本は厳選しなければならない。調子に乗ってあれもこれもスーツケースに入れると置いてくるわけにもいかず泣く目に遭う。
▼何を持って行くか。考えた末に決めたのは洗礼の勉強をしている人に使っている教科書だった。実質5日間の旅で、どのみち読むことができるのは1〜2冊だ。後どうしても必要なものはPDF形式でiPhoneで持って行こう。これでおおよそ荷物は決まった。最後に迷っているものがある。ノートパソコンだ。これは最後の最後まで悩みそうだ。

† 神に感謝 †