四旬節第4主日(ヨハネ3:14-21)

四旬節第4主日を迎えました。あと2週間で聖週間というところまで典礼が進んでいます。これからの2週間、受難と復活を通して救いを完成されるイエスに一歩ずつ近づく日々にしたいものです。

今年長崎教区は信徒発見150周年を記念するためにさまざまな公式行事を組んでいます。その中で3月17日国宝大浦天主堂での信徒発見ミサは記念の頂点です。教皇特使も招かれています。同じミサは教区シノドスの閉会も兼ねています。

わたしはこう考えます。信徒発見150周年を記念し、教区シノドスを閉会することは、これまでの土台にしっかり立って、これから新しい歩みを始めるという意思表示ではないでしょうか。無事に行事が終わったねで終わらせてはいけないと思います。

信徒発見までの日本の教会が受けた迫害は、長い影を連想させます。影が長いのは、光から遠く離されてしまった時代だったからだと思います。光とは、教会を照らす光、イエス・キリストです。迫害の中で日本の教会の信徒たちは、教会を照らす光を間近で仰ぐことができませんでした。

長い影にたとえた迫害の260年は、長崎の信徒発見で光に照らされました。大浦に建てられた外国人のための聖堂に浦上の信徒が勇気を出して出向き、当時のプチジャン神父に「ワレラノムネ アナタノムネト オナジ」と信仰を言い表したのです。どんなに影が長くても、その影に隠れておびえるのではなく、勇気を出して司祭に近づいたので、光であるイエス・キリストに照らされることができました。

信徒発見の出来事が今週の福音朗読個所を考えるヒントになります。「真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」(3・21)

260年もの間、迫害によって光から遠ざけられていたキリシタンたちが、山の上に光を置いたプチジャン神父のおかげで光であるイエス・キリストの方に来ることができました。プチジャン神父が導いたというよりも、プチジャン神父が大浦に灯した「光であるイエス・キリスト」に導かれて浦上の信徒が来たのです。

どんなに影が長くても、たとえ260年という長い影を歴史に残したとしても、光であるイエス・キリストにくまなく照らされれば長い歴史の影は光に包まれます。260年の長く暗い影は影のままで終わらず、信徒発見の出来事によってすべてが明るみに出されたのです。

「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。」(3・19)信徒発見から150年が過ぎました。信徒発見の出来事は、長い影に覆われていたキリシタンに光がさした出来事でした。今わたしたちに期待されていることは、わたしたちの信仰を公にすることだと思います。光であるイエス・キリストが世に来ていることを、闇の方を好む人々に示すことだと思います。

光よりも闇の方を好む人々とは、イエス・キリストに照らされることを好まない人々ですが、それはカトリック信者の中にもいるかもしれません。カトリック信者でない人の中にいるかもしれません。そうした人々に、「わたしは光に照らされて生きることを選びました。あなたは光に照らされずに、闇を好むのですか?」こんな意思表示をして、光に照らされる生活に招く。これが信徒発見150年を迎えたわたしたちの取るべき姿勢だと思います。

自然の光は、しばしば暖かさを伴います。春の光は、ようやく寒い冬が終わりを告げることを感じさせます。そのように、わたしたちが光であるイエス・キリストに照らされる生活を選んでいると証しするなら、わたしたちを通して人々がイエス・キリストの暖かさ、イエス・キリストの愛を感じ取ることができます。

エス・キリストがわたしたちを愛し、いのちをささげて守ってくださることを伝えたなら、その先のこと、光であるイエス・キリストに近づくのか遠ざかるのかは本人に委ねましょう。

大きな節目を迎えた長崎教区の信徒の誰もができること、光の方に来る生き方、光であるイエス・キリストに近づく生き方が、一人でも多くの人に受け入れられるように、このミサの中で願いましょう。

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ちょっとひとやすみ
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▼3月17日、長崎で信徒発見150周年の記念ミサが行われる。3月15日から記念ミサは続いているのだが、3月17日が信徒発見の日であり、17日の午前10時のミサが中核のミサとなる。
▼早くに司祭への案内が来ていたのに申し込みが遅れたので、参加できないかと思っていたが、教区広報の事務をしてくれている方が広報枠でわたしの出席を確保してくれて何とか参加できることになった。こんな大事な案内を後回しにしていた自分が恥ずかしい。
▼広報枠で150周年記念ミサに参加させてもらうのだから、それなりの仕事は果たさなければと思っている。わたしなどより委員長が大変だ。記憶にも記録にも残る記念行事の広報という重責を果たさなければならない。3年前にわたしは委員長を降板、188殉教者の列福式なども経験したが、今回の行事も大変なプレッシャーだろう。
▼3月17日は個人的には司祭に叙階された記念日である。長崎教区にはいろんな日付で叙階を受けている司祭がおられるが、いちばん多いのは3月19日だろうか。調べてはいないが、里脇枢機卿さまが教区長だった時は必ずこの日だった。
▼それ以降の教区長になってからは、さまざまな事情で叙階の日が変わり、誰もその変遷を説明できないと思う。叙階式は、できるだけ共通の日が良いとわたしは思っている。たとえば「日本の信徒発見の聖母の祝日」などは、うってつけの日だと思うが、教区はそう思っていないのだろうか。
▼このメルマガが発行される頃には、あるいは今年の異動に当てはまっている司祭たちが信徒の皆さんに新しい任地を公表しているかもしれない。わたしの間違いで今週でなく来週だったらお詫びする。それぞれ新しい任地での健闘を祈っている。特に新司祭には、最初の赴任地は一生の宝物。ぜひ主任司祭に学び、それぞれが目指す司祭像を見つけてほしい。

===-===-===-=== † 神に感謝 † ===-===-===-===-===