聖家族(ルカ2:22-40)

聖家族の祝日を迎えました。マリアとヨセフが神殿に幼子イエスを献げるためにやって来ると、シメオンが幼子を抱きます。このシメオンに焦点を当てて、糧を得たいと思います。

御降誕のミサが終わって一息という感じです。ただ木曜日にはまた神の母聖マリアの守るべき大祝日が回ってきますので、まだ気を緩めることはできません。あとひと踏ん張りといったところです。

徒歩巡礼に向けて練習のために歩き出しました。毎日歩くところまではいっておりませんが、今は中ノ浦教会まで、片道1時間ちょっと、往復2時間ちょっとの道のりを歩いています。坂道なので、良い姿勢で歩くことにも役立っています。時々見晴らしの良いところで海が見えて、「海のほうがいいなぁ」と心が揺れますが、それでも頑張っています。

福音朗読は、幼子イエスが神殿で献げられる場面が選ばれています。神殿にはシメオンという預言者がとどまっていました。彼は「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」(2・26)とのお告げを聖霊から受けていました。

おそらく年老いていただろうシメオンが生きていたのは、聖霊によるお告げに支えられてのことでした。「生きている」という姿を「立っている」と置き換えると、シメオンは聖霊によるお告げにしっかり立っていたのでした。

そこへヨセフとマリアが幼子イエスを神殿奉献のために連れてきます。シメオンは心の中で、何度も何度も繰り返して自分が会うことになっているメシアを思い描いていたのでしょう。初めて幼子イエスを見ただけで、自分の願いがかなえられたことが分かりました。

シメオンは幼子を抱き、喜びの声を上げます。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」(2・29-32)

これまでシメオンは、聖霊によるお告げにしっかり立って生きていたのですが、今幼子イエスを抱いて、新しい生き方に変わりました。救い主を信じて、神の救いを確信して生きる人に変わったのです。今まではやって来るはずの約束に固く立っていましたが、今はその約束の実現の上にしっかり立って生きる人に変わったのです。

シメオンの姿は、わたしたちにもあるべき生き方を示していると思います。わたしたちは誰でも、何かの上にしっかり立って生きているわけですが、そのしっかり立つ場所はイエス・キリストであるべきだということです。

健康に注意して、健康の上に生活を成り立たせている人もいるでしょう。仕事上の成功や、名声の上に生活を成り立たせている人もいるでしょう。けれどもそれらを土台にして生きていると、いつかその土台が不安定になり、根こそぎ奪われることもあるのです。わたしたちがしっかり立って生きるべきは、不安定にならない土台、決して奪い取られることのない土台でなければなりません。それは神の言葉ではないでしょうか。

神の言葉は今や人となってわたしたちの間に住まわれました。救い主がいつかおいでになるという未来の約束は終わり、今や目の前に神の言葉が、神の約束が与えられています。この人となった神の言葉こそ、わたしたちがしっかり立って生きる土台です。わたしたちが神の言葉にしっかり土台を置いて生きるなら、人となった神の言葉を通して、わたしたちも「たくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれて」生きることができます。

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ちょっとひとやすみ
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▼今年最後のネタが釣りだと聞いたら、お前はこの一年何をして過ごしたのかと悪い考えを起こすかもしれない。まぁいいではないか。想像にお任せする。困難を乗り越えて家族になった話もあるし、赤ちゃんをどれくらい欲しがっているか分かりますかと涙ながらに話すのを聞きもした。
▼だが書いて問題ない話と、書いたことでネット上に拡散し、問題の種をまく話とがある。だから、書いてもスキャンダルにならない話に落ち着く。ついこの前出会った青年の話など、人生48年でこれ以上ない出会いで、ユニークだが書けない。
▼さし障りのない釣りの話だが、2003年10月8日に2万円で購入したトレッキング用のGPSがとうとう使い物にならなくなった。何千回押したか分からないメニューボタンがどんな押しかたをしても反応しない。電源すら切ることができない。しかたなく電池を外し、入れ直して電源を入れると立ち上がるが、やはりメニューの操作ができない。
▼おまけに内部で接触不良を起こしているのか、押してもいない操作が勝手に進み、「現在地をNo.95として登録しますか?」という画面が現れ、しかたなくOKボタンを押すと登録するつもりもない海上の一地点が登録される。本来は20地点くらいしか登録していないはずなのに、今は100地点以上が勝手に登録されてしまっている。
▼それで背に腹は代えられず、ネット上でトレッキング用のGPSを11年ぶりに買うことにした。「魚群探知機を買えばよいではないか」と突っ込まれそうだが、魚群探知機は周囲に島も見えないような沖合に出てから威力を発揮する。沿岸500mとか、離れても1kmくらいしかボートを出さないわたしの漁場では宝の持ち腐れになってしまう。
▼11年前に2万円だったから、上限を3万円に設定して検索する。するとeTrex20(英語)とかeTrex10J(日本語)とかがヒットする。性能はeTrex20のほうが上。以前買ったのも英語版だったし、かまわず英語版のeTrex20に絞り、「このショップが説明も詳しく値段も申し分ない」と思い、2万3千円の商品の購入ボタンを押した。
▼購入完了直前まで気付かなかったが、なんと今回購入したショップも、11年前に購入したショップも、まったく同じショップになった。不思議な巡り合わせを感じた。11年前から変わらないお店の姿勢。満足な買い物になったと思っている。

===-===-===-=== † 神に感謝 † ===-===-===-===-===