2006-01-01から1年間の記事一覧

年間第12主日(マルコ4:35-41)

黙想会でしばらく伊王島を留守していました。月曜日に出て金曜日までわずか四日か五日のことでしたが、何だか皆さんの顔を見るのが久しぶりのような気がします。金曜日に戻ってきて夕方にミサをしたのですが、「浦島太郎になった気分です、月曜日に伊王島を…

キリストの聖体(マルコ14:12-16,22-26)

「取りなさい。これは、わたしの体である」(14・22)。今日お祝いしている「キリストの聖体」の祭日をいちばんよく表している言葉です。イエスはご自分を神と人との和解のためのいけにえとして十字架の上に渡し、命の糧として分け与えてくださいました。今…

三位一体の主日(マタイ28:16-20)

今日三位一体の主日を迎えています。父と子と聖霊が唯一の神でおられるという神秘について、与えられた朗読箇所から少し触れてみましょう。まず考える突破口として、だんだん暑くなってきましたから冷たさを感じる物を例に引いて考え始めたいと思います。暑…

聖霊降臨の主日(ヨハネ20:19-23 ABC年共通)

聖霊降臨の主日を迎えました。選ばれた朗読箇所は、復活したイエスが弟子たちに現れ、「あなたがたを遣わす」と仰り、「聖霊を受けなさい」と言って権限を授ける場面でした。ここにはっきりと、今年の聖霊降臨に向けたメッセージが込められていると思います…

主の昇天(マルコ16:15-20)

今日は主の昇天の祭日のミサです。主の昇天は単純に主が父なる神のもとへ昇られたということだけではない、もっと多くのことを考えさせる出来事です。主の昇天を通してどんな点をさらに学ぶことができるのか、思い巡らすことができるのか、いっしょに考えて…

復活節第6主日(ヨハネ15:9-17)

5月17日、中田神父の大叔父さんになる中田武次郎神父様が91歳でなくなりました。33歳で戦争から帰り、その後7年間の神学校生活を経て40歳で司祭になった方です。神学生の弟さんがいましたが、その弟さんは戦地で命を落としていました。戦争が終われば神学校…

復活節第5主日(ヨハネ15:1-8)

母方の祖父母がまだ元気だったときのことです。末っ子にたった一人の妹、つまり祖父母にとっての女の子の孫が生まれたとき、祖父と一緒に杉の木をたくさん植えに行った記憶があります。確かにその時期だったという確信はありませんが、そうではなかったかな…

復活節第4主日(ヨハネ10:11-18)

ローマの殉教物語の中に、少年タルチジウスについての物語があります。当時ローマは皇帝による迫害が公然と行われていた時期でしたが、イエス・キリストを信じる人々は命がけで自分たちの信仰を守り通していました。迫害は、たとえば教会の指導者を公衆の面…

復活節第3主日(ルカ24:35-48)

何かに書き残された出来事には、三つの時間があると思います。福音書に当てはめて考えてみましょう。今週の福音朗読は、復活したイエスが弟子たちに現れ、ご自分の手足の傷をお見せになり、焼いた魚を一切れ食べて、語りかけるという出来事でした。この出来…

復活節第2主日(ヨハネ20:19-31)

復活節第二主日、「神のいつくしみの主日」を迎えました。この日に特別に名付けられている「神のいつくしみ」について、今週あらためて考えることにいたしましょう。朗読は復活した主がトマスを除く弟子たちに最初に現れる場面と、トマスも一緒にいるときに…

復活の主日(ヨハネ20:1-9)

あらためてご復活おめでとうございます。昨晩の徹夜祭からそれほど時間も経っていませんが、今日の朗読箇所に選ばれているヨハネ福音書から、昨日とは違った点を取り上げてみましょう。今日の朗読では、実際には復活した主と出会ってはいませんが、弟子の一…

復活徹夜祭(マルコ16:1-7)

主のご復活、おめでとうございます。今日、一人の方が洗礼と堅信の秘跡をお受けになり、私たちの教会に新しい家族が加わります。たいへん明るい話題です。明るい話題と言いましたが、明るさはどこから来るのでしょうか。それは、光のおかげです。この教会に…

聖金曜日(ヨハネ18:1〜19:42)

今日聖金曜日は、世界中でミサが行われない日です。ミサが成り立つためには、パンとぶどう酒がイエス・キリストの御体と御血に変化しなければなりません。「みな、これを取って食べなさい」「みな、これを受けて飲みなさい」この聖変化の言葉を唱える部分が…

聖木曜日(ヨハネ13:1-15)

今年の聖木曜日は、司祭職の制定について話したいと思います。聖体の秘跡を定められた最後の晩さんの出来事は、同時に司祭職を制定された日でもあります。司祭職と言いましたが、司祭職の中には三つの務めが含まれています。それは、「祭司職」「王職」「預…

受難の主日(マルコ15:1-39)

今日私たちは、主のエルサレム入りをミサの始めに取り入れました。人々の期待の中でエルサレムに入ったのに、福音朗読の中ではイエスは不正な裁判にかけられ、十字架の上で息を引き取りました。今日のミサの典礼は、いわば今週一週間をまとめて体験するため…

四旬節第5主日(ヨハネ12:20-33)

複雑に絡み合っているものを解きほぐすことは、なかなか根気のいるものです。中田神父のふるさとで、糸が絡んでどうにもならなくなった状態を「もとぐれる」と言っていましたが、たとえば荷造り紐がもとぐれると、どちらから引っ張っても出てこない状態にな…

四旬節第4主日(ヨハネ3:14-21)

どこまで行っても出会うことのないものがあります。たとえば右と左。どこまで右に行っても左と出会うことはありません。または東と西、北と南。東へ東へどこまで行っても西と出会うことはありません。Aという地点は、地球を一周すれば戻ってきますが、東と…

四旬節第3主日(ヨハネ2:13-25)

先週は40歳になりましたという話から入りましたが、今週私は司祭叙階の記念日を迎えました。3月17日です。18日昨日で、15年目に入りました。皆さんに当てはめて、結婚15年目というのはどういう感じでしょうか。当てはまる方々に感想を聞かせてもらいたいもの…

四旬節第2主日(マルコ9:2-10)

本日をもって中田神父は40歳になりました。介護保険の支払いをしておられる皆さんの仲間入りをすることになりました。振り返ってみると30代の10年間は、ぶっ倒れるまでやるぞー、というつもりで走ってきましたが、40歳になってみるとぶっ倒れてはいかんなあ…

四旬節第1主日(マルコ1:12-15)

冬のオリンピック、日本選手団はメダルが1個も取れないのではないかと見守っていましたが、女子フィギュアスケートの選手が金メダルを取ってくれたことで、心配が一度に吹き飛んだ気がします。いよいよ困ったときには、女性が頼りなんだなと、男性の私は思…

年間第8主日(マルコ2:18-22)

今年の3月1日(水)は、四旬節の開始に当たる「灰の水曜日」です。四旬節とは、主の受難と復活を準備するためにもうけられた季節で、教会をあげて復活祭をふさわしく迎えることができるように、祈りと断食に励む季節として定められています。今週の福音朗…

年間第7主日(マルコ2:1-12)

ようやく小型バイクの教習課程を修了して、バイクに乗れることになりました。口で言うのと実際に取ってくるのとでは頭で考えていたよりもはるかに開きがありました。ひょっとしたら簡単に取れるのではないかと思っていましたが、補習が7時間、卒業検定を受…

年間第6主日(マルコ1:40-45)

私たちのカトリック教会には典礼暦という暦があって、救い主の誕生を待ち望む待降節から暦が始まり、一年後の最後の日曜日、王であるキリストの祭日で暦が終わっていることは十分ご承知だと思います。もう少し説明を加えると、この年間の暦は三年周期になっ…

年間第5主日(マルコ1:29-39)

今週は、神の家族みなが、宣教活動のために役割を最低一つ引き受けるということを考えてみたいと思います。少なくとも一つは引き受けてもらいますので、ある人にはご苦労ですが二つ、あるいは三つ引き受けてもらいたいと思います。さて、今日の説教の土台に…

年間第4主日(マルコ1:21-28)

これは過去の経験なのですが、堅信組を受け持っていたときの保護者会の席での話です。ある人がその年の堅信組のお世話係になったのですが、お世話係になった人に信徒会長の方がこんなふうに声をかけました。「堅信組のお世話係になって、大変だ、困ったどう…

年間第3主日(マルコ1:14-20)

先週までにバイクの教習に5回通いました。5回目までが最初の第一段階なのですが、この5回目は、第一段階から第二段階に進むことができるかどうかを見極める時間でもありました。ところがこの日の教習はまったくいいところがなくて、上り坂の途中でバイク…

年間第2主日(ヨハネ1:35-42)

最近自動二輪の免許を取るために自動車学校に通い始めました。簡単に言うとバイクの免許です。このバイクの免許は小型限定・普通・大型とあるのですが、そのうちの小型限定の免許を取ることにしました。小型限定を選んだ理由は、交通船に乗せることのできる…

主の公現(マタイ2:1-12)

先週お知らせしました通り、ふるさと新上五島町鯛ノ浦教会に里帰りしてきました。2泊3日、ほとんどこたつの留守番をしに行ったような休みでしたが、両親も元気でしたし、兄弟姉妹もそれぞれ元気でした。変わったことがあったと言えば、実家から教会までの…

神の母聖マリア(ルカ2:16-21)

皆さん新年明けましておめでとうございます。年賀状を中田神父のために準備してくださった方がいらっしゃるかも知れませんが、この場を借りてご挨拶に代えさせていただき、あらためて年賀状はお出しいたしませんので、ご理解願いたいと思います。さて、教会…