年間第31主日(マルコ12:28b-34)

最近一人のシスターを上五島病院に見舞っています。浜串小教区では名前を言っても良いと思いますが、○○○○シスターです。足が弱くなって入院されたのかなぁと思っています。詳しいことは分かりません。

この前見舞いに行った時は、ちょうどリハビリの時間でした。戻るまで待とうかなぁと思ったのですが、看護士のかたが「リハビリ室は一階です。どうぞ」と言うので、リハビリ室に行ってご聖体を授けることにしました。皆さんは見たことがないかも知れませんが、病院服を着て、指示通りのリハビリをしていました。たくさん話をしたわけではないのですが、一言ひとことが、心にしみこんでくるようでした。

病人見舞いをしていると、心が洗われる時があります。シスターのお見舞いも、その一人です。本来なら、修道服を着て修道院で暮らしているはずなのに、今病院で、支給された服を着て、一緒に過ごしたりしないたくさんの知らない人と一緒に暮らしている。もうそれだけで、シスター偉いなぁと思うし、謙虚な気持ちになるのです。

わたしは病人訪問と、隣人愛について深く考えさせられました。まさに今日の福音朗読です。律法学者がイエスに尋ねます。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」(12・28)それに対してイエスは、次のように答えました。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」(12・30-31)

エスの答えは、第一の掟と第二の掟として示されましたが、その答えを聞いた律法学者は、「先生、おっしゃるとおりです。『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」(12・32-33)と答えました。第一の掟と第二の掟をくっつけて理解したのです。そして、イエスは律法学者の返事は適切であると褒めました。

律法学者が答えたように、第一の掟と第二の掟は、くっつけて理解するのが適切な理解なのでしょう。つまり、神を愛するということと隣人を自分のように愛するということとは、いわば紙の表と裏のように、切り離せないものなのです。

病院に入院しているシスターがどんな過ごし方をしているか、わたしは見たわけではないのですが、隣人を自分のように愛する日々を過ごしているのだろうなぁと思っています。シスターと同じ部屋にいる人は、実際には知らない人です。けれども、シスターはその相部屋の人を、隣人として受け入れ、共に病気の苦しみを耐え、嬉しいことがあれば一緒に喜んであげ、修道院にいれば経験しないで済むような会話を耳にしたり態度を目にしたり、忍耐しなければならないことはそれはもうたくさんあって、それらを黙って、忍耐しておられるのではないかと思います。その姿は、「隣人を、自分のように愛しなさい」というイエスの招きに、全身全霊で答えようとするものだと感じました。

わたしが仮に入院することになれば、こうはいかないと思います。どうして相部屋に入院しなければならないのだと不平を言ったり、どうして周りの人のどうでもよいような会話を聞かなきゃならないんだとこぼしたり、生活上のいろんな制約を嘆いたり、とても隣人を自分のように愛するといったお手本にはなれないと思うのです。

シスターは違います。「ご聖体を授けに来たよ。お祈りして拝領しような」と言ったら喜んで、わたしが祈りを唱える箇所までシスターが唱えて祈ってくれました。聖体拝領のこの日をどんなに待っていたか。それはちょっとの間の訪問でも痛いほど分かります。「あー今日はご聖体を運んできてくれる日だったか」という人と、ご聖体を一日千秋の思いで待っている人は、それは一緒に過ごしている短い間だけでも分かります。

神さまを肉眼で見ることはできないわけですが、隣人を心から受け入れて愛する人は、隣人の向こうに、神さまを見ている人だと思います。入院生活という思い通りにいかない時間にも、相部屋になった隣人を愛せる人は、当然元気になってからも隣人を愛せる人でしょうし、病の中で隣人の向こうに神さまを見ることのできる人は、普段の生活ではなおさら、隣人を愛することで神を深く愛せる人なのではないでしょうか。

隣人を自分のように愛すること。そのチャンスは遠い場所で起こるのではありません。目の前で、自分のそばで起こります。隣人を愛することと神を愛することとは一体です。隣人を深く愛する人は、すでに神を深く愛しているのです。

エスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われました。わたしたちも、「あなたは神の国から遠くない」と言われたいものです。その近道は、生活の中にあります。

頭で考えるのではありません。生活の中で、実行して理解するものです。これが正解というものは無いと思いますが、「神の国から遠くない」という生活はあるはずです。その、「遠くない生活」「限りなく近い生活」を喜んで生きていくことができるように、導きを願いましょう。

‥‥‥†‥‥‥‥
ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥

▼いつか見つかればいいなぁと思っていたものがひょっこり見つかった。見つかったということは、裏を返せば、家捜し(やさがし)をしたということであり、果てしなく無駄に時間を使ったという意味でもある。それは横に置いといて。
▼見つかったのは「系図表」。限られた部分しか取り扱われていないが、この系図をたどっていくと、6人の神父にたどり着く。自分以外に、ということだから、自分の系図の中に神父が合計7人存在することになる。「ほんまかいな?」ということで、これから系図をたどる旅をしたい。
▼わたしの父方の祖父は、中田七右衛門と言う。その兄弟に中田倉吉がいて、倉吉は中田イトと結婚した(中田倉吉については、「鯛ノ浦六人切り」というテーマでいつか別に話したい)。倉吉の子供から、中田武次郎神父が出た。ちなみに、お告げのマリア修道会の谷中フジノ(のちに会長を務めたと思う)も倉吉の子供である。これで1人。
▼中田七右衛門は、中田寅吉と島田チヨの子供である。島田チヨには兄弟がいて、それがのちに島田喜蔵神父になる。これで2人。ちなみに、中田七右衛門は自分の息子の一人に喜蔵という名前をもらって付けた。その中田喜蔵はわたしの洗礼の代父で、わたしは中田喜蔵から霊名トマスをもらっている。
▼島田喜蔵神父の父は島田文作、母は自勢(ジセ)。このあたりからは確実に調査ができていないが、下五島浦頭(うらがしら)の出身であったジセの祖父が山本伊五郎となっている。その山本伊五郎の妻シモのいとこ(兄弟の子供)が、ブラジルに渡った中村長八神父である。これで3人。
▼前に戻って、中田倉吉の妻イトは、中田幸右衛門とミヨの子供である。中田幸右衛門の兄弟に卯之助という人がいて、卯之助の子にのちに神父になる中田藤吉がいる。これで4人。中田藤吉神父の兄弟市右衛門はキヨという人と結婚し、その子にのちに神父になる中田藤太郎がいる。これで5人。
▼あと1人、山口福太郎神父も、中田幸右衛門をたどっていくと見つかる。だがわたしにはそれを証明するすべがないので、いるということだけ触れておきたい。もちろんだれを中心に見るかで見え方は違うが、とてつもない重い物を背負ったような気分である。

===-===-===-=== † 神に感謝 † ===-===-===-===-===