年間第25主日(マルコ9:30-37)全面的にイエスを受け入れますか、一部分ですか

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こうじ神父
「今週の説教」
2024/9/22(No.1316)
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年間第25主日(マルコ9:30-37)
全面的にイエスを受け入れますか、一部分ですか
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「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」(9・37)イエス様に示された子供は、名前も分からないし、どんな性格なのかも描かれていません。「このような子供の一人を受け入れる」と言われて、人によっては「どのような子供ですか?」と問い返したくなります。どのように理解すれば良いのでしょうか。

一般的な特徴を考えてみましょう。子供は、大きな力を持っていません。重たい物も持てないでしょうし、高い場所にある物も取ることができません。大きなお金を動かすこともないし、たくさんの人を動かすこともないでしょう。人々の中で低く見られることが多く、助けが必要な小さな存在です。

子供の、そうした特徴が当てはまる人物がいます。それはイエス・キリストです。イエスはすべての人の中で最も低い者となり、最も小さな者となられました。「このような子供の一人を受け入れる」とは、イエスのように私たちが低く見られる時、小さな者と見られる時、自分自身を受け入れる必要があります。低く見られた自分を受け入れるとき、それはイエスを受け入れることになるのです。

私たちは、いつでもふさわしい評価を当てにしています。本来よりも低く見られることには耐えられません。本来より低く見られることを「子供扱いされた」と言うことがあります。子供に失礼かも知れませんが、私たちは子供扱いされることに耐えられないのです。

しかしイエスは、最期の場面で誰よりも低く扱われました。そしてそれを甘んじて受け入れたのです。鞭で打たれ、茨の冠を被せられ、つばをかけられ、ののしられ、最も罪の重い人間と同じく十字架に磔にされました。

私たちは、たとえ「子供扱い」されたとしても、イエスの最期ほどの屈辱は味わわないでしょう。そうであるなら、受けた仕打ちを、子供扱いされたことを、受け入れてほしいのです。自分自身の中にある「子供扱いされたくない」という頑なな思いを捨てて、これも「このような子供の一人を受け入れることだ」と受けとめてほしいのです。

自分が歩んできたキャリアとかけ離れた仕事に回される人がいるかもしれません。これまでの働きが評価されず、立ち位置を一段階落とされる人がいるかもしれません。私のことを全く分かっていないと、怒りを覚えるかも知れません。

しかし、どれだけ子供扱いされようとも、評価を落とされようとも、神は私のことをよくご存知です。神は誰よりも私を正しく評価してくださる方です。イエスはすべてをご存知の父なる神に、十字架上で「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」(ルカ23・46)と仰せになりました。

幼きイエスの聖テレジアをご存知でしょうか?カルメル会に16歳で入会し、わずか8年の奉献生活で亡くなりました。もともと健康に恵まれていなかったので、修道院内では日記を付けることと、高齢の修道女の身の回りの世話、そうしたことを長上に命じられ、果たしていました。

しかし彼女が亡くなってから日記が公にされると、たぐいまれな聖なる生活を過ごしていたことが明らかになりました。そのため、教会は彼女を聖なる人、「聖人」と認定しました。

彼女の内面を満たしていた聖なる生活がもっと早くに知られていれば、たとえ病弱であっても、もっと崇高な仕事を長上から与えられても不思議ではありませんでした。しかし生前に、テレジアの聖性を見抜いた姉妹は誰一人いなかったのです。誰一人、気づかなかったのです。

幼きイエスのテレジアは、すべての人の中で最も低く、最も小さな者となり、同じ姿を取られたイエスを受け入れました。私たちも、置かれた場所でイエスを受け入れなければなりません。それも、最も低く、最も小さな者となられたイエスを受け入れます。それは全面的にイエスを受け入れますか、一部分ですかという大きな問いかけになります。

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‥次の説教は‥‥
年間第26主日(マルコ9:38-43,45,47-48)
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ちょっとひとやすみ
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▼下五島地区は今年秋の行事が多い。10月6日地区交流スポーツ大会。10月14日貝津教会献堂百周年。10月20日牢屋の窄殉教祭。10月27日井持浦教会出身司祭の叙階25周年(銀祝)。11月3日教区民を追悼するミサ。かなり詰まっている。
▼その割にはあまり慌てていない。小教区の典礼委員会が金曜日に開催されたが、いくつかの行事に小教区がどのように関わるのか質問されて返答できなかった。そこまでの話し合いが出来ていないので返事のしようも無かったのだが、自分で情けなかった。

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今週の1枚
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第923回目。「逆噴射」とすら言えるカープの失速。9月20日で3勝14敗。終了。

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† 神に感謝 †